2017年9月の一首


  雨戸繰ればわが目の先に夏の蝶幼き菊と語らいており


季節は行きつ戻りつ、夏日もあれば、肌寒い日もあり、人間はその都度ウロウロしています。でも渡しの季節は楽しいもの、非日常の世界です。季節を越えて生き物たちが交流するほんのつかの間のひと時には、ロマンティックな光景が繰り広げられます。
夏の疲れも見せず、姿美しいキアゲハがまだ蕾固い秋明菊に長逗留、しばらくは飛ぶ気配もなく静かに羽を休めておりました。往く季節を惜しみ来る季節を託していたのでしょうか、こんな光景に心がさざめきます。





2016年9月の一首


暑の去らぬ庭さき訪なふ蝶のあり桔梗に似たる瑠璃色羽の


今年の夏後半は、台風がいくつも上陸して、日本中に大きな爪痕を残しました。
台風の影響で雨の日が多く、熱帯性低気圧に変わってからも湿った暑い空気を送り込み続けましたから、気温は高め、過ごしにくく、寝苦しい昼夜が続きました。
それでも自然界の草木や虫たちは、空気の中にわずかな変化を見つけるのでしょう。草むらから虫の声が聴こえ、気付けば蝉の声はもう途絶えています。
そんな一日、庭に出た私の目の前を、きれいな色がかすめました。ルリシジミという小さな蝶です。カメラを抱えてじっと待っていると、ご覧のように大きく羽を広げて、その美しさを披露してくれました。ふっと涼風が吹き抜けたような心地良さがありました。





2015年9月の一首


長雨の去りてまばゆき光さすときの移ろい宿す照葉に


八月の終わりから9月3日まで、実に10日間も雨模様の日が続きました。
気温も低空飛行、凌ぎやすくて助かりはしましたけれど、残暑というものが無いままに9月入りとなりました。

 何とはなしに意気上がらなかった庭の木々が、陽射しの戻るのを待ち構えていたように一気に元気を取り戻しています。
光を受けて、他を圧して華やいでいるのは、ハナミズキの葉、陽の当たり加減、風の当たり具合で、葉の色に微妙は変化を描き出しています。

 一斉に紅が進み始めると、気にも留めなくなる木々の変化にも一喜一憂する思いの秋の入り口です。






2014年9月の一首


燦々と初秋の光ふる庭に時を違えて山ぼうし咲く



猛暑日が8月末まで続いてくたくたになった頃、突然凌ぎ良い日が訪れました。
30℃を下回る日が3日、4日続くと、勝手なもので、
今度は「このまま秋になってしまうのかしら」と心細いような気分になったりもします。
人間はいつでも無い物ねだりばかりです。
もっとも8月末から秋になるはずもなく、暑さはぶり返して、9月に入った今は
また眠苦しい夜が訪れています。

 そんな掴み所のない気候が草木や昆虫にもいろいろな変化を齎しているようです。
例年の夏は油蝉の大合唱がうるさいほどに続きますのに、
今年は蝉の数が少なくて、声もか細く、ちょっと物足りないくらい、
この辺りでトンボを見る機会もないままに、9月入りしてしまいました。

 何より不思議なのは、梅雨時に沢山花を付けたヤマボウシが、
3ヵ月も経ずに、また花が戻ってきて、炎天下で花数を増やしていること。
つつじなどに、一輪、二輪の返り花はよくありますけれど、
こんなに次々 に花開き、広がって行くのは初めて、
わくら葉や照り葉と同居して、夏と秋を演出しています。
面白い景色ではありますけれど、何やらちょっと心に不安がよぎります。







2013年9月の一首



つよき陽を花芯にうけとめたじろがぬ白蝦夷菊の秋は宿りぬ



長月に入りましたけれど、今日の最高気温は36℃、三日続きの猛暑日です。

台風が熱帯性低気圧に変わりましたけれど、その影響で九州、中国地方は
今日は豪雨に見舞われています。
今夏は猛暑と豪雨が続いて熱中症と土砂崩れの痛ましいニュースが多く
流されました。

それだけに、秋待つ思いは一入です。蝉は夏を惜しんで終日啼いています
けれど、草叢に鳴く虫の声の方が日毎に勢いを増しています。
夏の花もまだまだ賑わいを見せてはいますけれど、とりどりの菊も次々に
咲き始めました。まだ衰えをみせぬ強い陽射しの中で、負けじとばかりに
勢いを増す蝦夷菊に秋の力 の勝りつつあるのを感じて、ほっとします。
涼風が立つのもきっともう直ぐでしょう。





9月の一首


2012年9月


病癒え帰宅の許し出でし日に母は夕日に手を合せおり

 



弟の家族と蓼科に避暑に行っていた 母 が、肺炎を発症して入院したのは8月の初旬のことでした。

 95歳の年齢を考えて家族の心配は 募りましたが、芯が丈夫だったことに加えて、医師や周りの手厚い治療、看護の甲斐があって肺炎は2週間 で癒えました。       
でも何分にも年齢的な臓器の衰えがあり、治療薬がそれらに及ぼす影響の監視や、衰えた足腰のリハビリな ど退院までには 更に2週間を要することになりました。

 退院の日取りを医者から告げられた 日、それまで一言も「帰りたい」と口にしなかった母が、屋上で夕日に手 を合せるのを見て、母の心の内を知る思いがしました。病室の日々を見つめながら、母の強さを改めて感じ て過ごした日々でした。




2011年9月

窯開けの目は確かめり一瞬に備前の肌に炎の業を


  数種のやきものを1250℃で本焼をした後、日長一日クールダウンに費やしました。翌日の夕方に は、窯の中は100℃までに冷えて、蓋を開けてももう大丈夫。流れ込む冷気でやきものにヒビが入ることはあ りません。それが待ちきれずに、開けてしまって、ダメにしてしまったやきものが山ほどあります。それほどに 窯開けは待ち遠しいものです。
 どきどきするほどの期待感で蓋を開ければ、一段目の結果は一目で決します。よくよく見れば,案外良かった とか悪かったということはないのです。見た途端に気持が一気にしぼむことが圧倒的に多いのは、何年やってい ても変わりません。それでも30、40に一つの可能性にかけてみたくなる魅力がやきものにはあります。この 備前焼〆の花入は数少ない「やった」と思えたものの一つです。

 

今月の歌目次