八月の歌

2017年8月

いつの間に吾の背丈に迫る児の幼さ留むる笑顔の愛し


乃吾は先月十歳になりました。身の丈は私の肩を越えほほ同じになんなんとしています。
夏休みを利用して日本に戻ってくるのは毎年のこと、大好きな日本はおいしいものや、楽しいことに満ち満ちています。
一昨日伊豆の旅行から帰ってきたばかり、でも昨日は八王子の夏祭りに出かけ、今日は早朝からキッザニアに出かけて行きました。そのエネルギッシュなこと、 付き合う大人はヘロヘロです。私はもっぱら食に専念、彼の好みの冷やしうどんやサーモン・サンドウイッチ用のパンを焼いて彼の帰宅を待っています。十歳児 の吸収力の速さは目をみはるばかり、彼の日常言語は英語ですけれど、帰国して十日、今は日本語での会話も難なくこなしています。こうした子たちが次の世代 を担っていくのですね。楽しみなことです。




2016年8月

慕わしき人の訪う盆の入り膳ととのえる在りし日のままに


我が家では、盆の入りの一日前、8月12日に盆様を迎え入れます。その日は、夫の命日だからです。
当日は朝から迎え膳の用意に入ります。
何日か前から夫の好きだったものをメモに書き、買い物に歩きます。夫が目を細めて「うまいなあ」という様子を思い浮かべながら。
彼は本当においしいもの好きな人でしたし、おいしいものを食べる機会の多い人でしたから、舌がとても肥えていたのです。そんな彼に「おいしい」と言わせたくて、料理に励んでいたような気がします。
今年はこんな品を揃えました。甘いものはほとんど口にしませんでしたから、彩に添えた和菓子は、私のお相伴用です。







2015年8月


君逝きて十歳の月日めぐる朝吾を訪なふ白き薔薇あり

夫が旅立って、十年の歳月が流れました。お盆入りの前日8月12日が、その日にあたります。
折角ならば、一日早めに盆様をお迎えしようと思い立ち、12日の朝から準備を始めました。
夫の両親、私の両親、そして夫と5人のお客様です。
実は盆様はひっぱりだこ、ボストンに行ったり、宇部に行ったり、信州に行ったりもしなくてはなりません。みんな待ち焦がれているのですから。
でも十二日だけは我が家で一人占め、東の応接間に入って頂きました。
そうしましたら、部屋が急に呼吸をし始めたのです。何回でも足を運びたくなります。新聞や本を持ち込んで、そこで読んでいると、とても心地良いのです。この何とも言えぬ安らぎ、和みはどこから来るのでしょうか。
そう言えば、12日の早朝、新聞を取りに行った時のこと、門口に見事な白い薔薇がちょうど満開になっておりました。
元気で過ごしている私に、夫がご褒美を携えて、訪ねてきてくれたのでしょう。
これからの一年も心和んで過ごせそうな予感がします。





2014年8月



ぼく一番奈々ちゃまの負けと戯れる子と競いて遊びし吾が夏の日々



7月の後半にボストンから孫の乃吾(ノア)がやって来ました。
前回来日した時に比べ、、彼の身長は倍ほどになっていましたから、何もかもが小さく狭く感じられたようです。「あれは僕の夢だったんだろう」と一人ごち て、一人で頷いておりました。たどたどしかった日本語は瞬く間に上達して「ほとんど見えなくなった」、「気が付かなかった」、「僕の気持が、そうしたいと 思うから」などど、かなり複雑な言葉で、自分の思いを表現するようになっていました。ちっとも英語が上達しない身にとっては、何とも羨ましい耳と記憶力で す。
 親の外出が多かったので、私とよくあそびました。チャンバラ、ミニサッカー、トランプ、陶芸、花火、映画(仮面ライダー)を観に行ったこともありました。
萩、宇部へ旅して秋吉台の鍾乳洞体験も、大勢のまた従兄たちとの交流も経験しました。ようやく13時間の時差が解消された頃に、出発の日がやって来ました。
彼にも私達にも非日常の2週間は、キラキラとしていましたから、別れは淋しいものだったのでしょう。ちょっと元気のない様子で、搭乗ゲートへと姿を消して行きました。まだお盆前の8月6日のこと、私も、今年の夏はもう去ったような気分になっています。




2013年8月


空蝉の数を辿りて見上ぐれば水木の上枝に秋進みゆく



葉月になりました。

7月後半から続いた不順な天候はまだ払拭され切っていません。
東北や中国四国地方では大雨のために甚大な被害が出ています。

それでも東京は昨日の午後から雲が払われて、
久しぶりに夏らしい青空が見えました。
蝉が盛大に鳴きはじめましたから、抜け殻がさぞや沢山ある
だろうと、水木の根方で幹や枝を辿りながら見上げました。
抜け殻も沢山ありましたけれど、新鮮ではっとしたのは上枝で
もう進み始めている紅葉でした。
まだ始まったばかりの初々しい紅です。

この色が深まる頃には季節も落ち着 いて、
涼風が立っているのでしょうか。







8月の一首


2012年8月


朝まだき涼を求めて庭に出づ薄明に佇む白きばらあり





来る日も来る日も炎暑の日々です。
昼間動いている時は、体も慣れて暑さは当たり前になるのですけれど、明け方ふと目が覚めて、クーラーを消し た寝室に熱気が立ち込めているように感じられる 時があります。
それ以上眠れるとは思えずに床を抜け出し、そのまま外に出ます。空気が爽やかな日もあり、朝から既に体を取 り巻くような熱と重みがある日もあります。
 今朝は少し風があって、早起きがご褒美のように感じられる朝でした。夏咲きの薔薇は気の毒なほど潤いが無 いのですが、薄闇の中で見るほのかな白薔薇は清楚 で、清々しさがありました。
 フラッシュ無しでは撮れず、ちょっと光ってしまい、幻想的な感じが失せてしまいましたけれど。
  一日の始めに良い出会いがあって、気持が元気になっています。









2011年8月

良き日々の想いでもちて逝くといふ君の目元に微笑みのあり


 夫の旅立ちから6年が巡ろうとしています。
病との壮絶な闘いの日々を思い返してみても、苛立つ様子や悔やんだり、口惜しんだりする言葉を思い出すこと が出来ません。
穏やかさとやさしさだけをおきみやげに、静かに旅路に着きました。「僕には良い思い出が沢山あるから」とよ く言っておりました。

 いつも笑みを絶やさない人でした。人の心に安らぎを運び込む天才でした。其の余韻の中で、今も私は 寛いで過ごしています。

 夫の旅立ちの日に先駆けて、7月31日に法要を営みました。60名近い親族が集い、少しも湿っぽさ のない、賑やかな集いとなりました。「楽しかった」の声があちこちから寄せられています。夫が一番好き だった和やかで明るい会になりました。きっと「ありがと」と言ってくれていることでしょう。
 大勢の皆さんから寄せられた素敵な文章でずしりと重い記念誌は、夫がよき日々を生きた証です。会の終 わりに皆に手渡しました。


 

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