2017年6月の歌


薄闇に紛うことなき父を見ゆ形見の品に風当てし日に


6 月も末日になりました。父が旅立った日です。あれから十数年の年月が流れましたけれど、父は今も私のお手本であり続けてくれています。何か事があると、父 ならどうする?と考えてみる、それが私の判断の基準そして要です。昨日は父の遺品を広げ、風を当てました。愛用した衣類、ノートや書籍、懐かしさに涙が溢 れました。その夜のこと、ふと目覚めると、傍に父が静かに立っていました。思わず「お父さま」と呼びかけましたら、かすかに頷いたような気がします。辺り にはたとえようもなくやさしい空気がありました。訪れてくれた父へのお礼にと、今日は手作りのアップルパイとブランマンジェを供えました。




2016年6月の歌


音もなく細かき雨の降りしきる滴の中に薔薇とじこめて


雨の季節、外出の予定のない日はしあわせです。家の中から細かい雨の降る庭のしっとりした佇まいを眺めるのが好きなのです。

子供の頃、目の前に広がる水田に雨が輪模様を描くのを飽かず眺めていた記憶があります。

今日もしっとりと重い雨の一日でした。
降り続く雨を受けて、薔薇につもる滴は落ちる機会を見失い大粒に育っていきます。滴に覆われた薔薇は、泣き濡れているようにも見えて、いつもとは異なる風情があります。雨もまた好しです。




2015年6月の歌


水無月は寂しきことの多かりき夫慰めしあまりりす咲く


月が巡ってもう6月、梅雨の気配さえなく、真夏日、夏日の日々です。強い陽ざしに庭の草花は元気がありません。
でも今朝雨戸を開けると、真っ先に目に飛び込んできたのが大きなアマリリスの花2輪、気温に誘われて、花期が早まったのでしょう、昨日までの蕾が一気に進んだようです。

10年前の5月、夫の闘病の日々を慰めようと、娘婿がオランダから届けてくれた球根が、今年も育って花を見せてくれたのです。短いはずの花の命がこうして年ごとに蘇るのに・・・と胸に切なさが宿ります。

今月は父が旅立って12年、13回忌の法要を営みます。
懐かしさと寂しさがないまぜの6月が始まりました。
暑さが祟っているのでしょうか、今年は紫陽花がまだ色付きません。






2014年6月の一首


つや黒の夫婦湯呑を窯入れす父旅立ちの水無月なれば


 今年の梅雨入りは6月5日でした。
入梅から連日の激しい雨が続いて、猛暑日が続いた後の日本列島は、今は豪雨に曝されています。悲しい被害や事故のニュースに胸が痛む日々です。

 水無月は私にとっては父の月でもあります。11年前の6月1日から30日まで、一日も欠かさず父の許に通い続けた、忘れることのできない一ヵ月なのです。
このひんやりとして重い空気が、私の心に、そして記憶にあの日々を運んできます。
それは淋しくて哀しい記憶ですけれど、でも父が私の傍に居てくれた愛しい月日でもあるのです。あの頃が本当に懐かしい。

 父が何よりも大切にした「家族の安穏」、それが私の今の生活の中枢になっています。大きな決断を迫られる時、父の物差しが私のそれになっているのを感じています。親とは有難いもの、いつも道標になってくれます。

 今は母と共に、以前にも増して穏やかな日々を過ごしていることでしょう。
いつもお茶の時間をゆっくりと楽しんでいた両親へと、夫婦湯呑を焼きました。
掌に湯呑を納めて、目を細めている父と母の様子が目に浮かびます。
どうしてあんなに穏やかに生きることが出来たのでしょう。永遠の目標です。






6月の一首

2013年6月


梅雨入りに重薬の花数ましぬ懐かしきかな露地の






今年は季節が早足で、梅雨も例年より一週間ほど早くやってきました。
 

雨の季節を待ちかねたように、勢いを増すのがどくだみの緑と白、白い花の数が日毎に増えています。

重薬、十薬と云われるほどに昔は薬用として珍重された というこの花は、日陰が大好きなようです。

雨が来ない前から空気の中に、雨の匂いを感じて、木陰や塀沿いに静かに自分の領域を広げていきます。

祖母の茶室に通じる露地は苔むして、竹垣沿いにはこの花がびっしりと繁茂していました。

季節が来ると思い出す、しっとりとした露地の空気こ籠っていた草の匂い、その先にあった茶室のさざめき、祖母の毅然とした姿とやさしい笑顔、
懐かしさが胸を締め付けます。







2012年6月



卒業の証をうけるはれの場に娘母子のよき笑顔あり


娘の卒業式に合せて、ボスト ンに行き、卒業証書とリリパイプの授与式での、彼女の晴れ姿と大きな笑顔を見ることが出来ました。

息子Noahの誕生からこの日までの5年間は、娘には育児と学業の両立が何時も課題の日々でした。  

親兄弟、親類縁者が一人もいないボストンで、忙しい夫からの協力は多く望めず、よく頑張り通したと思います。 彼女の奮闘 振りをご存知 だった学長さんからNoahも壇上に上がるように声を掛けていただき、彼も一緒に称えていただくことになりました。

 子供を抱えて勉学を続ける人の多い社会、規則や慣例に縛られないおおらかさには少し羨望を覚えました。







2011年6月
6月の一首 


父の日に出さぬ手紙をしたためる小糠雨ふる庭にむかひて


  私の大好きな6月が巡ってきました。父が戻ってきてくれる月なのです。8年前の6月の一ヶ月を私は父の傍で過ごしま した。朝早くから夜遅くまで、時間の許す限り。沢山のことを語り合い、共に感じました。父親っ子だった私のために、父が最後に用意してくれた時間だったの だと思います。1日に病を得、30日に旅立ちました。その時から毎年この時が巡るたびに父へのたよりをしたためます。
父に一年分の報告をするつもりで。

 雨の中でヤマボウシが咲いています。今年はどうしたことか梅雨入りが昨年よりも17日も早まりました。梅雨の先走りに、 紫陽花が間に合わず、この白い花が主役になりました。雨に枝が撓って、目線の高さで咲いています。花びらに溜まった露は涙のようです。


 

今月の歌目次