四月の一首

2017年4月の歌


海棠の蕾はじける時を待つ春さ迷える卯月の朝に


卯 月に入りました。今朝も雨、それもとても冷たい雨、北は雪、春の思いがけない大雪のために、予測の外の山の事故も起こっています。春山登山の訓練中の山岳 部の高校生が雪崩に巻き込まれ、前途ある若者八人が命を落としたのです。春山ではなく実は冬山だったのですね。自然の力の前では、人知は時に無に等しい、 虚しさに心が塞ぎます。遺されたご家族の無念を思います。生ける者に幸も凶も齎す自然、人は常に謙虚に、相対していかねばと、改めて思う出来事でした。
例年ならば、とうに花盛りの海棠が、今年はまだ一輪とて、綻びません。穏やかな春が待たれる卯月の入りです。


2016年4月の歌


葉をとざしとき待ちわびる幼子に寄りそいてさく小花やさしき


春の長雨が続きます。
木々も草々も滴を抱えて、項を垂れひたすら陽ざしが戻るのを待っているようです。

楓の若葉は幼子の掌のようにいたいけで、
傷つきやすそう、
初めての春に戸惑って、まだ葉を閉ざしたままです。
傍に寄り添うように咲く紅の小花のやさしさ、うつくしさ、辺りには和やかな空気が流れています。

春は晴れも佳し、雨はまた更に佳し、しっとりとした静かな佇まいに惹かれて、窓から飽かず眺める春雨の日々です






2015年4月の歌


わが春はいまをときめく桜より庭さき彩る海棠にあり




私にとっての春の使者は、庭先の海棠.。
夫が可愛い花の筆頭に挙げて、植木屋さんに植え込みを依頼したものです。
この庭にやって来たのは14年ほど前の秋、、翌年の4月には、ピンクの花を沢山見せてくれました。
毎年、毎年、3月の終わり頃に小さな蕾を付けて、それが次第に膨らんで花開くと、淡い上品なピンク色へと色変わりしているのです。
今年の開花は3月27日、例年よりちょっと早めだったようです。
それからもう10日、そろそろ花弁が風に舞うように散り始めました。最後はピンクの絨毯で芝生を彩り去っていきます。

海棠の後には姫うつぎ、藤、石楠花と華やかな木々の花が続き、本ものの春の幕開けとなります。






2014年4月の歌


とろとろともの皆憩える昼さがり紫すみれと母をかたりぬ



 行きつ戻りつの季節が突然定まって、前からそうだったような穏やかな
陽気になりました。
風も無い春の午後は、空気も心もとろんとしたような長閑な雰囲気が漂います。

 外出から帰宅して、お茶を一杯、鶯餅と一緒に頂きました。
ボーッと外を見ていると真っ赤な色が一点、見に行かないわけにはいきません。
紅朴伴の訪れでした。
 
 椿の足元には薄紫のすみれが、ひっそりと咲いていました。
母がこよなく愛した花、そしてその色です。母の着物にはこの薄紫が多かったのです。
私が着ても決して似合わない気難しい色が、母が着ると、はんなりと匂い立つようでした。
「今年も逢えましたね、おかあさまはお元気かしら?」と話しかければ、
顔を上げて微笑んでくれます。
信州では「神知る花」と言われています。母の化身のように思えて、愛おしいのです。
 3月31日発行とした「茶室の十二ヵ月」が刊行しました。
 表紙の色は薄紫、74ページの本の中に、母のもてなしの心が息づいています。
頁を繰れば、そこに母がいてくれる、そんな本になりました。







  2013年4月の一首


薄衣をまといし如き海棠に虜となりしか黒き小蜂は


例年ならば、桜が盛りの時期なのに、今年は早々と咲き急いでもう北へと走り 去ってしまいました。

その後を追うように海棠も3月末から咲き始め、今は爛熟期と言ったところ、花びらは散る寸前のはかなさです。

今日は4日ぶりに春の陽射しが戻りました。陽を受けて花弁が透明感を増し、ほれぼれするほどの美しさ。見惚れていましたら飛んできた真っ黒な蜂が花の中央 でじっと動かなくなりました。
美酒に酔ってしまった風情です。

この蜂の名は墨染葉切蜂、お腹に花粉を付けて花から花へと渡り歩いて、秋の実りの助けをするのが役割だそうです。
なのに、ちっとも働く気はなさそうにじっとしていました。
長閑な卯月入りです。








2012年4月の一首
 


うつむきて桃色に染む海棠を夫はめでたり乙女の如しと

うつむきて桃色に染む海棠を
夫はめでたり

 夫がその花に出会ったのは、ゴルフ場でだったそうです。「とっても可愛 いピンクの花が下を向いて咲いている姿がいじらしかった。あれは何という花かなあ」と、とてもご執心のようでした。

 植木屋さんに咲き時と姿と色を伝えましたら、直ぐに花の名前がわかりまし た。それ「海棠」でした。
早速に植え込んでもらったのが10年前、それからというもの毎年4月になると、沢 山の花を咲かせて、私達を楽しませてくれています。

 この花が巡り来ると、芝の上でパッティングの練習をしながら、時に手を止 めて、海棠に目を細めていた夫の姿を思い出します。

乙女の如しと



 
 

2011年4月

やわやわと春の陽ざしのとどく日に川辺の若木に初花やどる


今年の弥生の日々はつらい思いの中で過ぎていきました。そして迎えた花ど きに、華やぎはありません。春を見ることも無く、1万人を越える方々があの日を境に旅立たれました。

春待つ思いが一入の雪国で、寒が去って花の季節が訪れれば、花を愛で、春を 楽しまれたに違いない方々。その方々の悲しい終末を、花はいたわり、魂をそっとつつんで差し上げることでしょう。

北国にもようやく春が芽ばえる季節、花咲く美しい日本の春を、悲しみの旅に 出られた方々に捧げ、心からの祈りを捧げたいと思います。

少しぬくもりのやってきた朝、川辺を歩いてみましたら、明るい陽ざしが届く 一枝に、開き始めた一輪を見つけました。ようやく季節は巡ってきたようです。


 
 

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