三月の歌

2017年3月


床の間に椿一輪さす弥生母在りし日の茶室のまゝに
  

3.11から6年がめぐりました。直接の被害を受けた方々の苦難は、新聞やテレビでのニュースを見聞きするだけに過ぎない私などが口を挟む隙さえもない、 重く苦しい日々だったのに違いありません。
ただ頭を垂れて「御霊安らかなれ」と祈り、いくばくかの寄附をすることくらいしか出来ずに、丸6年を過ごしてき ました。ずーっと心に後ろめたさを抱えながら。
この季節は殊の外、母への愛惜の思いが募ります。起こった事々の故にか、物憂い季節の故にか、心が揺れ動き、、物事にしっかりと向き合う落ち着きを失っていることに気づきます。そんな時には、母の言葉や行動を思いだし、母を辿ってみることをしています。

母は茶花の名手でした。茶を愛し茶の精神を尊び、ひたすら「もてなしの心」を実践した人でした。茶会の日、乙女椿を一輪活けて花の淡いピンクに母のやさしさを重ねました。
季節が進む茶室には、確かに母の気配がありました。





2016年3月


白梅に初見のめじろ訪なヘリ若草色の春をまとひて

我が家の紅梅にめじろの姿を見ることはめったにありません。
これは、はす向かいのお宅の白梅に、つがいでやって来ためじろの一羽です。
今年はお初、こんなに間近で見たのは勿論始めて、珍しさと可愛さに見惚れて佇みました。
碧々とした空、やさしいそよ風、真っ白な花によく映るめじろの萌黄色。春を色と形と空気とで感じさせてくれました。

その日から、にわかに春めいて、花たちはその数を増やし、色を増し、匂いを増し、私の周りに春色を広げてくれています。
啓蟄も三日前に終わって、生きるものみな目覚め、動き始めたようです。






2015年3月


重ね衣の色褪せるともきさき雛艶やかなりき宵の灯に



待ち焦がれた春、弥生入りは、その一歩のようで、楽しみにしていましたのに、生憎の雨模様となりました。
朝の内は気温が保てたのに、午後からの本降りに、気温は急降下、床暖ばかりか上からの暖房がいる一日となりました。
でも明後日は雛祭り、本ものの春ももうすぐそこです。
難儀するほどの積雪も無い内に、冬が通り過ぎて行きました。雪国の方々はまだまだ大変な思いをしていらっしゃるのに、浮かれていては申し訳ないのですけれど。
今年もお雛様を出しました。待ちきれずに2週間も前に。段飾りは出すのも仕舞うのも大変なので、飾ったのは内裏雛だけ。でもお雛様を並べて、その懐かしい 匂いに触れると、心にあたたかいものが溢れ、しあわせな思いが心を充たします。生まれた時から今までの私の歴史がすべてこの人形たちに刻まれているので す。誕生を喜んでくれた祖父母や両親の思いもみんなその長持の中に納められています。
長い年月を経て、女雛の十二単衣も随分と色褪せました。不思議と緋毛氈だけは鮮やかな緋色を保っているのですけれど。
でも女雛の眼差しの涼やかなこと、その横顔の艶やかで美しいこと、惚れ惚れします。ほつれ髪まで素敵に見える春の宵、雛との別れは明後日です。




2014年 3月


祖父しるす日々是好日の大らかさ遅春の庵にぬくもり醸す



今月は事が多くてあっという間に中旬になりました。
春一番が吹いたのは3月12日、本格的な春と思いきや、その後に寒が戻りました。
桜も足踏み状態、木の芽も動きを止めて様子見です。

弥生のお茶を楽しむ会は、母の形見として弟達の許へ旅立つ茶道具とのお別れの会としました。

祖父自筆の「日々是好日」は祖父そのもの、やさしくて、明るく、心も体も大きな人でした。ゆったりした膝に抱かれて、祖父の旅した遠い異国のものがたりを夢見心地で聞いたこともありました。海軍の軍人だった祖父のマントを纏った悠然とした姿が今でも目に浮かびます。

この日はまだ寒が残っていましたけれど、掛け軸の大らかな文字と私の心のぬくもりとで、茶室は心地よいものでした。

南天と椿を生けた花入は、父が信州の生家から持ってきたもの、目に焼き付けて心の糧と致します。




2013年 3月


春風に梅の香のせて送りたし雪深き街の娘のもとへ



ボストンはまた大雪だそうです。

水気の多い雪なので、雪だるまは作りやすいけれど、重いので、雪かきは大変のようです。

春はまだまだの寒さでも、今度の日曜日の夜中から夏時間に変り、朝一時間の早起きが今から頭痛の種のようです。Noahは朝寝が大好きな子ですから。
半年近くも冬期間の彼の地へ、東京の暖かい春風を届けたいものです。今が盛りの梅の香りを添えて。
もっとも黄砂や花粉入りの風ではかえって迷惑かも知れませんが。





2012年3月

災いの悲しみ癒えぬひととせの巡りて弥生藍みじん咲く



 

 昨日の時ならぬ大雪が、そこここに白い山を残したままの弥生入りとなりました。

 3月、重い一年が巡ろうとしています。
あの日、あの時を境に、この世の地獄の中で、癒えることのない苦しみ、悲しみを抱えて過ごしてこられた方々に、この360日はどのような役割を果たしたのでしょうか。

 愛しい肉親を、財産の全てを、生活の基盤を、希望を、想い出を、その全てを奪われてしまった方々の心に、時は小さな灯りを、人々の祈りをわずかにでも届けることが出来たのでしょうか。

 一年を経て、今年も勿忘草が蘇りました。藍微塵、姫紫の別名を持つこの可憐な碧い花の花言葉は、

Forget me not.


 
 


2011年3月

雛つつむ和紙と似通う匂いあり祖母の遺せし錦紗の帯に



 
 
 

雛の眠る桐の長持は、思い出の玉手箱です。 
蓋を開ければ、そこには菜の花畑が広がる清水の日々が戻ってきます。
 信州の祖父の家の蔵の中で戦火を逃れたというその箱が、ようやく陽の目を見たのが清水だったのです。
 雛を手に取り、一枚ずつ和紙の包みを解いていけば、祖父母のやさしい眼差し、若々しい父母の雛壇を組み立てる手の動き、幼い弟達のはしゃぎ声が在りし日のままに、陽射し明るい和室の中に広がっていきます。
 
 桃の節句は、やさしさとぬくもりに守られて過ごしている自分に気付く時でもあります。

 

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