一月の歌

2017年一月の歌


梅一輪小さき温もり運び来る北に豪雪降り積もる日に



暮 からお正月にかけて、穏やかな晴天が続き、スキー場の雪不足が報じられました。それが一転して突然の大寒波、二日前から北海道から東北地方の日本海側は大 雪が降り続いています。「いくら雪かきしても追いつかない」と豪雪地帯の方々の重労働の様子が、毎回ニュースで報じられています。一方太平洋側は、カラカ ラ天気、東京地方は連日碧い空が広がり、庭に彩が広がり始めています。今朝はだんだん膨らみを増していた白梅の蕾が、パッと開きました。春の使いのように思えて、心が弾みました。極寒の中にいらっしゃる北国の方たちに春の息吹を送りたい思いです。








2016年一月の歌

紅白の万両実る陽だまりに守を托して春を迎ふる


 年の瀬が迫る頃の庭に、毎年白の万両が訪れてくれるようになったのはいつ頃からだったでしょか、今になっては定かではありませんけれど、10年くらい前からだったような気がします。

 赤い万両は紅葉の去った後の吾庭の貴重な彩ですけれど、白万両が色付くのは寒さが募る頃から、今年はずーっと春のような暖かい陽気が続きましたから、白くなったのは、いよいよお正月が近くなってからのことでした。

 この時期は、陽ざしがきらめく庭の一隅は我家の守り神の棲家となります。

 今年は、暮に引き続き、年明けにも暖かい晴れの日が続き、いつにも増して穏やかな新年となりました。
 この一年が辛いことの少ない福年となりますようにと仏さまと庭の紅白万両に祈る日々です。






2015年 一月の歌


姑(母)の手を経て吾に継ぐ祝重にお節を配す思い出添えて



今年の初春は、まことに賑やかな、お正月らしい年明けとなりました。
娘の一人息子乃吾(ノア)が久しぶりに帰国して、彼にとっては殆ど始めてとも言える日本のお正月を堪能したのでした。
大晦日の家族全員が立ち働く時に、母親を手伝って庭掃除に精を出してくれる場面もありましたけれど、皆がなぜそんなに働くのかは元旦の朝になるまで理解できなかったようです。
お重に詰めたお節を広げた時、ノアは始めてみなの忙しさの訳を知ったのですが、一つ一つの料理は珍し過ぎて、ちょっとたじろいでおりました。

輪島の蒔絵の施されたこのお重は夫の生家に伝わった品、私が直接手渡されたのは義母からです。丁寧に保たれた、状態の良い漆器は、きちんとした手入れをし て収納されていたからこそです。手当のし方も併せて、義母から受け継いだ品を、輝きが失せないように保って継いでいかねばなりません。

穏やかな年明け、今年一年が和やかに滞りなく過ぎていくことを願って、祝い酒の杯を干したのでした。





2014年 一月の歌


冬枯れの庭に小鳥の集いくるぬくもり点す千両の赤に



年明けからずーっと上天気が続いています。
北は大雪で、みなさん難儀していらっしゃるというのに、申し訳ないような思いがします。

昨年は母の、今年は姑と、2年続いての淋しいお正月です。
直ぐ身近で、私を支え続けてくれた存在が、急に彼岸の彼方に去ってしまって、途方に暮れながら過ごす日々が続きました。でも静かなお正月の日々の中で、慕 わしい人達の思い出とゆっくり、じっくり向き合う時が持てたことで、何か少し心にゆとりのようなものが生じたような気がしています。

のんびりしていると、鳥の声がよく聞こえます。気候の変化や、木々の様子もじっくりと観察します。集まってくる小鳥たちが何に惹かれているのかも見えてきます。ゆとりの大切さを母達から教えられた思いです。また元気で過ごして行けそうな自信が湧いて来ています。





一月の歌


2013年1月


 
冬空に白く清やけきばら咲けり夢でまみえし母に相似て



 

3ヶ日は晴天に恵まれて、碧く澄んだ空が何処までも広がっています。

 例年は寒中休眠する白薔薇が、今冬は蕾を持ち、母の告別式に合せるように花開きました。この一番花に母の 守りを託して、旅立つ母の枕辺に置きました。

 この花は二番花、年明けと共に花開き、母の月命日に満開となりました。
母を彷彿とさせる豊かさと清々しさを湛えています。
2日に母の霊前に供えてきました。

 何かにつけて、母の寛やかさ、温かさが思い起こされ、懐かしさに胸締め付けられる思いがしています。
納骨の日も迫りました。心強く生きて、母に恩返しをしなければと思う日々です。






 

2012年1月

ひとひらの朱き葉留むる山ぼうし初日を受けて時を寿ぐ


 
 
 
予報によれば「東京地方は元旦は曇り、初日の出は望み薄」とのことでしたけれど、7時前予報に反して、太陽は雲を分けてその顔を出してくれたのでした。
遠い家並みの屋根の上が輝きはじめたときはうれしくなりました。
 8時ごろお節の飾りにと千両、万両を取りに出た庭は風も無く、いたって穏やかです。太い幹から延びた小枝に辛うじて留まる照り葉が、昇り始めた陽ざしに応えて彩を増していました。
空はやや淡く、雲のなごりを留めてはいましたけれど。

 
 
 



 
 

2011年1月

君ありし卯年の春をなぞらえる大内膳にひれ酒そえて


 いくつになってもお正月の朝は心が弾みます。
美しい日の出を見れば、今年の日々の良いことの兆しに感じられ、澄んだ空気に心が改まります。良い一年でありますようにと念じながら、祝い膳を囲みました。
 東京で暮らす日々ですけれど、夫の郷里宇部のお正月の匂いを忘れることはありません。旬のふぐ刺し、てっちりは、昨今東京でも難なく手に入りますけれど、鰤の刺身とふぐの煮凝り、ひれ酒は手に入っても味が遠く及びません。
 姑が送ってくれるふぐヒレを、教えられたように、カリカリになるまで気長に炙ります。ここに熱燗のお酒を注ぎ込んで蓋をし、しばし。ヒレ酒のおいしさは私には分かりませんが、お酒好きの人たちの表情を見れば、それが大特別のものらしいのが伝わります。
 ふぐはふく(福)に通じるからと西ではおめでたい時によく振舞われます。そして瀬戸内では決して「ふぐ」とは言わず「ふく」と呼びます。ふくにあやかって、今年も穏やかな日々がもたらされるよう祈る元旦です。

 

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