一月の歌

2018年一月の歌


母とありし茶室の日々を礎に吾一人発つ菊寿庵へと


2018 年1月7日、私の茶室「菊寿庵」の茶室開きをしました。母を見習って、結び柳を飾り、鏡餅をお供えして、家内安全、家族の安穏を祈りました。母の茶室知川 庵を去ってから一月を掛けて、どうにか茶室の態をなすまでに漕ぎつけました。自分独りで行う茶室の設えの成すことの多さに、今更ながら母の凄さを実感し、 自分の至らなさを思い知りました。母はかけがえのない手本です。これからの日々を大切に、有意義にと改めて思う茶室開きでした。




2017年一月の歌

冬枯れの庭に小鳥の集いくる
ぬくもり点す千両の赤に



年明けからずーっと上天気が続いています。
北は大雪で、みなさん難儀していらっしゃるというのに、申し訳ないような思いがします。

昨年は母の、今年は姑と、2年続いての淋しいお正月です。
直ぐ身近で、私を支え続けてくれた存在が、急に彼岸の彼方に去ってしまって、途方に暮れながら過ごす日々が続きました。でも静かなお正月の日々の中で、慕 わしい人達の思い出とゆっくり、じっくり向き合う時が持てたことで、何か少し心にゆとりのようなものが生じたような気がしています。

のんびりしていると、鳥の声がよく聞こえます。気候の変化や、木々の様子もじっくりと観察します。集まってくる小鳥たちが何に惹かれているのかも見えてきます。ゆとりの大切さを母達から教えられた思いです。また元気で過ごして行けそうな自信が湧いて来ています。





一月の歌


2013年1月


 
冬空に白く清やけきばら咲けり夢でまみえし母に相似て



 

3ヶ日は晴天に恵まれて、碧く澄んだ空が何処までも広がっています。

 例年は寒中休眠する白薔薇が、今冬は蕾を持ち、母の告別式に合せるように花開きました。この一番花に母の 守りを託して、旅立つ母の枕辺に置きました。

 この花は二番花、年明けと共に花開き、母の月命日に満開となりました。
母を彷彿とさせる豊かさと清々しさを湛えています。
2日に母の霊前に供えてきました。

 何かにつけて、母の寛やかさ、温かさが思い起こされ、懐かしさに胸締め付けられる思いがしています。
納骨の日も迫りました。心強く生きて、母に恩返しをしなければと思う日々です。






 

2012年1月

ひとひらの朱き葉留むる山ぼうし初日を受けて時を寿ぐ


 
 
 
予報によれば「東京地方は元旦は曇り、初日の出は望み薄」とのことでしたけれど、7時前予報に反して、太陽は雲を分けてその顔を出してくれたのでした。
遠い家並みの屋根の上が輝きはじめたときはうれしくなりました。
 8時ごろお節の飾りにと千両、万両を取りに出た庭は風も無く、いたって穏やかです。太い幹から延びた小枝に辛うじて留まる照り葉が、昇り始めた陽ざしに応えて彩を増していました。
空はやや淡く、雲のなごりを留めてはいましたけれど。

 
 
 



 
 

2011年1月

君ありし卯年の春をなぞらえる大内膳にひれ酒そえて


 いくつになってもお正月の朝は心が弾みます。
美しい日の出を見れば、今年の日々の良いことの兆しに感じられ、澄んだ空気に心が改まります。良い一年でありますようにと念じながら、祝い膳を囲みました。
 東京で暮らす日々ですけれど、夫の郷里宇部のお正月の匂いを忘れることはありません。旬のふぐ刺し、てっちりは、昨今東京でも難なく手に入りますけれど、鰤の刺身とふぐの煮凝り、ひれ酒は手に入っても味が遠く及びません。
 姑が送ってくれるふぐヒレを、教えられたように、カリカリになるまで気長に炙ります。ここに熱燗のお酒を注ぎ込んで蓋をし、しばし。ヒレ酒のおいしさは私には分かりませんが、お酒好きの人たちの表情を見れば、それが大特別のものらしいのが伝わります。
 ふぐはふく(福)に通じるからと西ではおめでたい時によく振舞われます。そして瀬戸内では決して「ふぐ」とは言わず「ふく」と呼びます。ふくにあやかって、今年も穏やかな日々がもたらされるよう祈る元旦です。

 

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