月々の歌(2011年)
一月の一首
君在りし卯年の朝をなぞらえる大内膳にひれ酒そえて
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二月の一首
母のいけたる椿のくれない色をまし春を手まねく寒の茶室へ
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三月の一首
雛つつむ和紙と似通う匂いあり祖母の遺せし錦紗の帯に
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四月の一首
やわやわと春の陽ざしのとどく日に川辺の若木に初花やどる
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五月の一首
幼な子の面ざし映す武者人形に乃吾ちゃん元気と声かけてみる
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六月の一首
父の日に出さぬ手紙をしたためる小糠雨ふる庭にむかひて
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七月の一首
開け放ち涼風通う窓先にのうぜんかつらの艶やかなりき
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八月の一首
良き日々の想いでもちて逝くといふ君の目元に微笑みのあり
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九月の一首
窯開けの目は確かめり一瞬に備前の肌に炎の業を
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十月の歌
秋桜花芯に蜂を抱きつつゆらりゆらりと風にまどろむ
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十一月の歌
茶の道はもてなす心に尽きるとう母の茶庭に秋草の満つ
母のもてなしの心をもっとも端的に表しているのは床の間の茶花ではないかと思います。生ける花は全て庭で慈しんだもので、買った花で間に合わせることはありません。
勿論茶道具から菓子に至るまで、母は心を尽くしてその季節、その日に適した品を選びます。 でも茶花は育てるところから始まり、丹精の実りを生け込むまでの長い道のり全てにもてなしの心が篭められています。 今では茶花の丹精は義妹の手に委ねられましたが、庭に咲きそろう花々の多くは、母が好んで植えたものを大切に受け継ぎ、育んで、今にあるものです。 その花たちを母は茶会の度に、楽しそうに生け込んでいます。 写真提供:小川洋子(義妹)
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十二月の歌
ざわめきを水屋におきてすすみ入る納めの茶室に松風のあり
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師走入りして10日あまりが過ぎました。
母の茶室は今日が稽古納めです。 いつも通りに母は淡々と茶室の準備を進めます。でも外から来られる方たちは日常生活の慌しさを抱えて玄関を入ってこられます。そして水屋に入り履物を替え、心を静めて茶室に入る準備をなさいます。 茶室は一歩入れば別世界、静寂の中に聴こえるのは、釜の湯のたぎるしゅーしゅーという微かな音だけです。茶人はこれを松風が吹くと言うそうです。 一客一亭の茶室でも、お人が次々と入られ賑わう茶室でも、そこに和みと温もりを醸しだす白い湯気と松風は、茶室の立役者と言えるでしょう。 外の賑わいとは無縁の、穏やかな師走のひとときが流れていきます。 |